昨日、私が最もリスペクトする知人の一人であり、私の趣味である格闘技のコーチのNさんとお話をしながら、初心の頃を色々と思い出していました。
Nさんは「何気無い一言」なんてものは許さず、どうしてそう考えるのかをしっかり追求されるので、私も普段よりも深く自分の考えを奥へ奥へ辿っていました。
そんな中、ふと初めて大連へ来た日のことを思い出しました。
大連に来たきっかけは、私が大学四年生の頃やっていた「大田区町工場巡り」という活動の末に出会ったオリオン印刷社の谷村社長のススメで、「中国のビジネスに興味があるなら、見てみないことには絶対分からない」と言われ、連休中に谷村社長についてやってきたのでした。
中国は2度目の訪問でしたが、大連の初日は衝撃の連続でした。谷村社長の大連法人の事務員の方々が、こぞってそれなりに流暢な日本語を操る。聞いてみると、通訳や翻訳を仕事にしているわけでもないと言う。
街を歩いていると、日本人と見て分かるのか、日本語で話しかけられる。
どの会社を訪問しても、どこへ行っても、日本語を上手に操る方で溢れていました。
なんという街だと思いました。
なんとも言えない高揚を感じたのを覚えています。
その夜は、谷村社長と、谷村社長の社員さんの李さんと、その社員さんの友人の馬さんと4人で火鍋(中国式しゃぶしゃぶ)を囲みました。
馬さんは日本語が喋れなかったので、英語と片言の中国語で会話がはずみました。
食後には、李さんと馬さんが、星海広場というアジア最大の広場へ連れてってくれました。たまたまその日は、中秋の月(日本でいう十五夜の月)が見られる夜であり、その広い空で、綺麗な満月を見上げました。忘れられない光景です。
今でも、谷村さんとは、時折食事をしたり、電話でお話したり、多くの示唆を与えて頂いています。
李さんは、その後結婚され、今は旦那様のお仕事で私の生まれ故郷(四日市)で暮らしています。
馬さんは、当時あるベンチャーソフト開発会社の部長さんでしたが、その後独立され、昨年その会社を中国屈指のソフト開発会社、I-softstoneグループに売却し、今はそのグループの大連支社長に納まっています。(来年には上場を控え、成功すれば多額のキャピタルゲインを得る予定とか。夢のある話です。)
馬さんとは、実は出会った日以来、一度も連絡を取り合わなくなってしまいましたが、先日ばったり仕事の関係で再会しました。大企業の支社長になっていた彼でしたが(そして私は出会った頃ただの学生でしたが)、すぐにお互いを思い出し、空白の4年間を埋めるようにすぐに交流は深まり、今では公私に渡りとても良い友人です。
何気無く旅行で行った大連が、自分にとって運命的な土地になるとは、その時は思っていませんでした。
あの日の衝撃と、あの日の感動が、今に繋がっています。


