2008年10月02日

フェアトレードは誰のためのビジネスか。2

前回の記事の続きです

フェアトレードというビジネスは、調達価格、環境、人権を守るのに必要なコストを負担できる豊かな層に対して、富の再分配による社会正義への貢献という価値を提供していることになります。

顧客(世界的に見れば富裕層に属する)は、コレに対してお金を払います。

これが、フェアトレード団体が支援したいと願う人々に対して行なう活動の、活動資金源になっています。


これは、所謂「富のピラミッド」の頂点に位置する少数の人々の中でもさらに少数派を対象にした、非常に狭いマーケットを狙うビジネスモデルということです。

彼らのニーズに応えるために、適正な価格で、適正な方法で、その商品を製造、調達することができ、その周辺に適正な雇用を生み出すことができますが、それはピラミッドの底辺(BOP - bottom of pyramid)を締める巨大な人口(40億人程度)から見て、極めてわずかな雇用しか生めません。

そしてこれは、自然発生的に広がっていき辛い仕組みになっています。(前回の記事参照)


こう考えるようになったのには、きっかけがありました。

実は、この「富の再分配」という発想では、そこまで大きな効果を得られないという問題は、弊社のビジネスから時折感じることでした。

弊社フオジンの理念の一部に、先進国で国際分業を進めながら、発展中地域での雇用を創出するという側面があります。(参考:フオジンの理念 http://www.huojin.com/mission.html )

ただ、先進国から移転されてくる富や雇用は、確かに現地に多くの雇用を作れるのですが、それはそこで必要とされている働き口の数からすれば、本当に微々たるものだと気づきました。

また、先進国側で、分業の必要性を訴えて訴えて、ようやく現地で雇用が生まれるので、これもやはり自然発生的に広がり難い。

理想と現実とのギャップにぶつかった瞬間でした。
(このギャップとどう向き合ったかは、また別の話題になるので、いつか別途エントリーを書きます。)


フェアトレードが取り組むBottom of pyramidの世界でも、貧困が広がる速度は、人口の増加に伴い必要とされる職が足りなくなっていく速度は、富が流れ込む速度を遥かに上回っているそうです。

フェアトレードが、貧困が広がる速度を超える速度で成長できなければ、貧困をなくす手段にはなりえないのです。

では、フェアトレードは無意味なのかというと、全くそんなことはありません。

外科医が一度に一人の患者しか助けることができず、100万人の病気を治すことができなくても、外科医の仕事の素晴らしさが色褪せるわけではないのと同じです。


フェアトレードは、確かに多くの人を貧困の悪循環から抜け出る手助けを可能にし、何より、先進国の恵まれた人たちに対して、社会に貢献する機会を与えてくれます

このポイントが、フェアトレードが求められている真の理由、フェアトレードならではの存在意義だと思います。

つまり、今の世界では、先進国の豊かな人々というのは、「何か世界の役に立つことがしたい」「格差や貧困というものに知らぬふりをしていたくない」という価値観が広がってきています。

いわゆる、ノブレス・オブリージュの精神が、先進国の一般の層に浸透してきています。


そんななか、かつては寄付やチャリティという手段でその価値観を満足させてきたところ、寄付では問題の根本解決には至らないという認識が徐々に広まってきたこともあり、寄付に代わるより根本に近いところで問題を支援する機会が求められきました。

そういう人々の問題意識をさらに高め、そしてその意識に応える。これがフェアトレードのサービスの中身と言えないでしょうか。

結果としてはじめて、フェアトレードを主催する団体などが望む支援的な効果を発揮できます。

フェアトレードは、もっとこの点を全面に押し出しても良いのではないかというのが私の意見です。


そして、私が前回の記事で、フェアトレードの存在意義の位置づけがズレているのでは、と書いたのはこの点のことです。

つまり、フェアトレードは、MDGsの達成に貢献するというような、世界的な貧困に取り組むビジネスと位置づけるよりも、豊かな時代ゆえに生まれてきた、「社会貢献したい」という新しいニーズに応える存在と位置づけるほうが、その実際に即しているのではないかと。
(女性の参加や、持続可能な製品づくり云々の部分はMDGsとマッチしているが、大きな潮流になりにくい)

フェアトレードはそれ自体が経済的に優れた仕組みなのではないので、意識的に多大な努力を払ってムーヴメントにしなければ広がれません。無理があるから、無理をしないと広がらない。ロハスや、動物愛護運動のようなものに近いのかもしれません。


では、何が世界的な問題に取り組める手段なのか。
根本的に問題に取り組み、且つ大きな広がりを期待できる手段とはどういうものか。

結論から言ってしまえば、以前「貧困層に購買力は無いか。」というエントリーで書いたようなことなのですが、これについてはまた別のエントリーで整理して書きたいと思います。

posted by miyohiro at 17:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネスコレクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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