2008年07月17日

初めて大連の地に立った日

昨日、私が最もリスペクトする知人の一人であり、私の趣味である格闘技のコーチのNさんとお話をしながら、初心の頃を色々と思い出していました。

Nさんは「何気無い一言」なんてものは許さず、どうしてそう考えるのかをしっかり追求されるので、私も普段よりも深く自分の考えを奥へ奥へ辿っていました。

そんな中、ふと初めて大連へ来た日のことを思い出しました。

大連に来たきっかけは、私が大学四年生の頃やっていた「大田区町工場巡り」という活動の末に出会ったオリオン印刷社の谷村社長のススメで、「中国のビジネスに興味があるなら、見てみないことには絶対分からない」と言われ、連休中に谷村社長についてやってきたのでした。

中国は2度目の訪問でしたが、大連の初日は衝撃の連続でした。谷村社長の大連法人の事務員の方々が、こぞってそれなりに流暢な日本語を操る。聞いてみると、通訳や翻訳を仕事にしているわけでもないと言う。

街を歩いていると、日本人と見て分かるのか、日本語で話しかけられる。

どの会社を訪問しても、どこへ行っても、日本語を上手に操る方で溢れていました。

なんという街だと思いました。

なんとも言えない高揚を感じたのを覚えています。

その夜は、谷村社長と、谷村社長の社員さんの李さんと、その社員さんの友人の馬さんと4人で火鍋(中国式しゃぶしゃぶ)を囲みました。

馬さんは日本語が喋れなかったので、英語と片言の中国語で会話がはずみました。

食後には、李さんと馬さんが、星海広場というアジア最大の広場へ連れてってくれました。たまたまその日は、中秋の月(日本でいう十五夜の月)が見られる夜であり、その広い空で、綺麗な満月を見上げました。忘れられない光景です。


今でも、谷村さんとは、時折食事をしたり、電話でお話したり、多くの示唆を与えて頂いています。

李さんは、その後結婚され、今は旦那様のお仕事で私の生まれ故郷(四日市)で暮らしています。

馬さんは、当時あるベンチャーソフト開発会社の部長さんでしたが、その後独立され、昨年その会社を中国屈指のソフト開発会社、I-softstoneグループに売却し、今はそのグループの大連支社長に納まっています。(来年には上場を控え、成功すれば多額のキャピタルゲインを得る予定とか。夢のある話です。)

馬さんとは、実は出会った日以来、一度も連絡を取り合わなくなってしまいましたが、先日ばったり仕事の関係で再会しました。大企業の支社長になっていた彼でしたが(そして私は出会った頃ただの学生でしたが)、すぐにお互いを思い出し、空白の4年間を埋めるようにすぐに交流は深まり、今では公私に渡りとても良い友人です。

何気無く旅行で行った大連が、自分にとって運命的な土地になるとは、その時は思っていませんでした。

あの日の衝撃と、あの日の感動が、今に繋がっています。
posted by miyohiro at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | フオジンの軌跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
フオジンオフィシャルウェブ:http://www.huojin.com
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。